坂本の名所・旧跡

◎オハツキイチョウ
 このイチョウは,江戸時代にこの地の美馬家に藩主蜂須賀氏が来られた時,庭園に他の銘木とともに植えて手厚い待遇をし,のちに現在地に移植して成長したものと言い伝えられており,徳島県天然記念物(昭和32年1月16日指定)になっています。
 現在,高さ15m,周囲2.5m,推定樹齢150年です。
○特徴
 別名「葉なりイチョウ」とも言い,その名のごとく,実が葉の付け根と同じところや葉になる特徴があります。
 その原因については,生物が進化の過程で失ったものが,子孫において突然現れる先祖返りであるとか,遺伝形質をもっているための奇形現象であるとか,若い木にはできず古樹に出現するもので,シダの胞子が葉につくように生物の進化の過程を示すものであるとするなど,学者の間でも色々な説があり,はっきりとは分かっていません。
○分布
この種のイチョウは,徳島県を含め全国の7県で確認されています。

◎坂本八幡神社
 かつて豪族麻植氏の祈願所であったものを,慶長3(1598)年に松尾・黄檗の両村氏が現在地に移して,村民共同の神社にしたと推測されています。
 明治5年に村社となりました。
○主な行事
・初詣(はつもうで)・・・・・大晦日の夜遅くに出かけて,神前で新年を迎えるように詣でる人も多い。
・戎祭(えびすまつり)・・・・・1月10日,商売繁盛を祈ります。
・祈念祭(きねんさい)・・・・・「トシゴイノマツリ」とも言い,明治以降は2月17日を祭日としてきました。「トシ」は,稲及び稲を主とする五穀全てと野菜を含め,食物全体を意味し,「トシゴイ」は,稲を初め食物の豊作を乞うという意味があります。
・鎮火祭(ちんかさい)・・・・・4月16日,秋葉社前で火難よけとして,地元の消防や各種団体が参加して式典を行います。
・夏祭(なつまつり)・・・・・7月19・20日に,八坂神社の例祭,八幡神社の夏祭として行われます。花火・だんじり・みこし・餅まき等があります。
・例祭(れいさい)・・・・・一般には秋祭と呼んでいます。恒例によって1年に1回,10月14・15日に八坂神社及び三嶋神社の例祭として行われます。花火・だんじり・みこし・相撲・餅まき等があります。
・新嘗祭(にいなめさい)・・・・・「新嘗」は「新饗(にいあえ)」で,「新」は新穀を,「饗」は馳走を表します。春に五穀豊饒を祈ったのに対し,新穀を供えてお礼を申しあげる祭りです。全国の神社においては,11月23日に神恩感謝の意をこめ,合わせて国家・国民の平安と繁栄をお祈りします。
・七五三詣(しちごさんまいり)・・・・・これまでの子どもの成長を祝うとともに,これからの健康と安全を祈願します。七五三が現在のように11月15日に定着したのは,天和元年(1681年)に徳松君(将軍徳川綱吉の子)を,この日に祝ったのが前例となったと伝えられています。
・七社七鳥居参り(ななしゃななとりいまいり)・・・古くより春秋社日(春分・秋分の日に最も近い戊の日)に,川を渡らずに7つの石の鳥居をくぐり,7つの御社(三島社・蛭子社・八坂社・八幡社・若宮社・地神社・秋葉社)を参拝すると,中風にならないという言い伝えがあり,この神社はこの条件を満たすことのできるまれな神社です。「坂本七福会」が中心となって接待などもしています。また,この日は地神さんの日として供え物をまつり,春には豊作を祈り,秋には収穫を感謝しています。
○七社七鳥居と石段
 七鳥居に沿って約300段の石段があり,石段の脇には5対の狛犬が置かれています。

◎長福寺
 寺院号は龍頭山医王院長福寺(りゅうずざんいおういんちょうふくじ)であり,高野山真言宗を宗派としています。
 創立者は明応3年(1494年)に亡くなった僧宿真でないかと考えられます。
 古くは長福寺と称していましたが,享保年間(1716年〜1736年)に近くにあった薬師寺と合わせたので,寺号も薬師寺と改称しました。その後も度々改称され,両方の名称を交互に使っていましたが,文化4年(1807年)に長福寺に復帰して現在に至っています。
 境内には,本堂・薬師堂・鐘つき堂などがありま。
◎主な仏像
本堂
・地蔵菩薩立像(じぞうぼさつりつぞう)
 本尊で,高さ90p,鎌倉時代の形式をもち,全身を金泥で塗りキラキラ輝いています。
・不動明王(ふどうみょうおう)
 高さ48pで室町時代以降の作と考えられます。
・弘法大師像(こうぼうだいしぞう)
 江戸時代の作です。
薬師堂
・薬師如来像(やくしにょらいぞう)
 高さ108pの一木造り内ぐりです。古色を帯び,左手には薬壺を持ち,右手には施無畏印の構えが見られます。
 脇侍として日光と月光の両菩薩があり,ともに高さ72pで室町時代の作と考えられます。
・地蔵菩薩半跏像(じぞうぼさつはんかぞう)
 高さ88pの一木造り内ぐりです。片足をたれた半跏像で古色を帯び,左手には宝珠を持ち,右手には錫杖を持っています。
・聖観音座像(しょうかんのんざぞう)
 高さ94pの一木造りです。古色を帯び,左手に蓮華を持っています。
※ 辞書
・施無畏印(セムイイン):5つの指を伸ばし,手のひらを外に向けて肩の高さにあげる構え。
・脇侍(キョウジ):本尊の両脇に安置されたり描かれたりする像。
・宝珠(ホウジュ):火炎の燃えあがっているような玉。
・錫杖(シャクジョウ):僧侶などが持つ杖。
※ 薬師堂の3仏像は,藤原後期の名作と考えられ,その彫法は優雅かつ大胆なことから,勝浦町文化財(昭和51年指定),徳島県文化財(平成8年指定)に指定されています。
◎鐘つき堂
 宝暦12年(1762年)に作られ,文政6年(1823年)に作りなおされたつり鐘がありましたが,太平洋戦争に供出しました。
 そのため,しばらくの間は鐘つき堂のみがむなしさを見せていましたが,昭和25年に檀徒や信徒の寄進で,新しくつり鐘がつくられて現在に至っています。
◎主な行事
・初詣(はつもうで)・・・・・年明けとともに人々が境内に集まり,新年の祈願をします。接待も行われています。
・初薬師(はつやくし)・・・・・1月8日,薬師堂において,諸安全を祈る厄除け護摩祈祷が行われます。
・大般若(だいはんにゃ)・・・・・6月第1日曜日,郡内の住職が一堂に集まり,檀家の人々の幸せを祈り,先祖を供養するご祈祷が行われます。

その他の名所・旧跡
 坂本地区には,長福寺や坂本八幡神社の檀家や氏子としての信仰の広がりが見られ,今も深く信仰されていますが,それ以外にも,各地域ごとに祠や石造物などがあり,多種多様な信仰が行われてきており,現在もまつり続けられているものも多くあります。
◎山の神さん
 山の霊気や木魂をまつる原始的な神です。農耕や狩猟の神,木こりの守護神とされ,かつては,正月・5月・9月の各7日と12月20日は,山の仕事を休んで山の神をまつっていたようです。

・坂本字中尾方面の山中・・・・・1基
・坂本字日浦方面の山中・・・・・1基
・坂本字旭方面の山中・・・・・・・3基
・坂本字峠谷方面の山中・・・・・1基

◎おふなたはん
 いざなぎのみことが投げ捨てた杖から生まれたとされる原始的な神であす。旅人を守る神,子どもの守り神,安産の神,悪霊の侵入を防ぐ神などとして,まつられています。
・坂本字中尾
・坂本字川南(三崎神社)

◎お地蔵さん
 右手に錫杖を持ち,左手に宝珠を持つなど,僧の姿をしていることが多い。人間は死ぬと,地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界という六道のいずれかに行き,そこでお地蔵さんが救いの手をさしのべてくれると言われ,人々の苦しみや願いを聞いてくれると伝えられています。
・坂本字栄田
・坂本字上寺・・・・・墓地の入口に,近年に造立された六地蔵さんがあります。

◎お観音さん
 観音には,世の中をよく観るという意味がこめられています。ふつうは柔和な姿をしており,その優しさから霊験あらたかな仏像としてまつられています。
・坂本字上寺
・坂本字平野
・坂本字旭
◎お不動さん
 一見恐ろしい姿に見えるが,実は悪霊を降伏させて人々を守ってくれる仏として親しまれてきました。
・坂本字轟谷
・坂本字日浦
◎お大師さん
弘法大師(空海)をまつるものです。
 弘法大師は,宝亀5年(774年)に生まれ,高野山を中心に真言宗を広めるとともに,社会事業家・教育者として活動し,承和2年(835年)に入定しました。信仰の広がりを物語るかのように弘法大師伝説が残されています。

・坂本字栄田・・・・・「弘法大師御通夜岩」が近くにあります。
・坂本字栄田・・・・・通称「極楽の大師水」が近くにあります。

◎庚申さん
 庚申とは,60日に1度めぐってくる庚申の日のことであります。
 かつて,その夜には,寝ると人の腹の中にいる3匹の虫が抜け出して天高くのぼり,天にいる万物を支配する神にその人のあやまちを告げ,命が奪われると言うので,眠らずに過ごして息災と長寿を祈る信仰が行われていました。このような信仰は,平安時代から宮廷貴族の間に始まり武士にも広まりました。室町時代には信仰が盛んになり,庚申塔を造立して礼拝するようになり,猿の像が彫られるようにもなりました。

・坂本字久良田・・・貞享3年(1686年)に造立されたものです。庚申塔は,全高220センチ,塔高98センチ,横幅38センチ,厚さ23センチあります。

◎地神さん

 寛政2年(1790年)に,藩主蜂須賀治昭が阿波・淡路両国の各村に撫養石の地神塔を建て,春秋の社日を祭日として庄屋にまつらせたことに始まると言われています。
 円形や方形の石積みの上に台座を置き,その上に高さ60pほどの5角形の細長い石柱が建てられ,農耕に特に関係の深い5つの神をまつっています。北向きとなる正面に,農業祖神の「天照大神」が刻まれ,以下時計回りに五穀御神の「大己貴命」・五穀御神の「少彦名命」・土御祖神の「埴安媛命」・五穀御神の「倉稲魂命」の順で刻まれています。(なかには向きや順が違うものもあります。)

・坂本字夷名田・・・・・・・・・・・5角石柱が1基
・坂本字川南(三崎神社)・・・5角石柱が1基
・坂本字東谷(若宮神社)・・・5角石柱が2基
・坂本字宮平(坂本八幡神社)・・・5角石柱が1基

◎権現さん

仏や菩薩がすべての生きものを救うために,神として現れたのだという思想に基づき築かれたものと言われてきました。

・坂本字観音堂(権現山)
・坂本字平野
・坂本字大泉(杖立権現峠)・・・・・祠には木の棒(杖)が数本立てかけられており,そばには「杖立権現を祀る」と刻まれています。

◎金比羅さん

 金比羅さんの分霊をまつったことから始まると言われています。

・坂本字平野

◎天神さん

天の神をまつったものか,菅原道真をまつったものかはよくわかりません。

・坂本字久良田

◎山王さん

山王という名称は,滋賀県や東京都の神社の名称にもありますが,それらとの関係があるのかどうかはわかりません。お産が軽くなるという言い伝えがあります。氏子5軒が毎年4月3日に礼拝しています。

・坂本字轟谷方面の山中(山王神社)

◎いずもさん

出雲の神様をまつっていたのではないかと言われています。

・坂本字稼勢方面の山中

◎地蔵堂

地蔵菩薩がまつられていたのではないかとも考えらます。

・坂本字夷名田・・・・・大三島神社の分霊をまつっています。

◎阿弥陀さん

すべての人々を救うという誓いを立てています。

・坂本字宮平(阿弥陀如来堂)・・・・・つり鐘はイボを治すという言い伝えがあります。

◎虚空蔵さん

広く大きい幸福や知恵をもって諸願を成就させるという意味があります。

・坂本字上寺(虚空蔵菩薩庵)

◎お聖天さん

 寺院号は神龍山京覚院で,本尊は大聖歓喜天です。
 明治40年頃,大森義澄師が小堂を建立し,香川県引田から歓喜天を呼んだことに始まります。修験者の道場や加持祈祷聖地として知られましたが,現在はこんもりとした森の中に建物が残されているのみです。

・坂本字旭谷

◎経塚石

末法思想が広まった頃に,シャカの教えや経文を未来に残そうと考え,銅板・瓦・小石・貝殻などに経文を刻んで,土の中に埋めて土や石を盛ったものが,祈願や供養のために築かました。これを経塚といいます。

・坂本字蜂ヶ尻(六郎山頂付近)・・・巨石があるが,経塚に関係しているかどうかは不明です。

※以上は,地元の方からの聞き取り情報をもとにまとめたものもあり,内容が不正確な事例や他に追加される事例もあると思われます。

道標と丁石

 坂本地区の古くからの道沿いには,道標や丁石が見られます。
 これらの石柱は,四国霊場20番札所鶴林寺奥の院の慈眼寺(上勝町)へ向かう道のりを示すとともに,築いた人々の強い信仰心を示しています。
 この街道を,多くのお遍路さんが行きかっていたことが伺われます。現在でも,お遍路さんを見かけることがあり,木の枝などに「へんろ道」や「弘法大師」と書いた札がつけられています。