賤ヶ岳から権現峠 行市山から権現峠 柳ケ瀬山から椿井嶺 椿坂峠から河内山

余呉トレイル賤ヶ岳から太平良山'11.9.7 晴

 余呉トレイルとしてのまずは歴史と自然の回廊、賤ヶ岳から太平良山を歩いて余呉湖周遊としてきました。今回は一宮橋近くの大音区が大切に守り祀っている野大神の大シラカシ地を登山口とし、この尾根より賤ヶ岳を目指しました。

 さて、賤ヶ岳はあまりにも歴史的に有名な古戦場です。賤ヶ岳を簡単にいえば、そもそも安土桃山時代の明智光秀の謀反により始まった戦話でしょう。その後の羽柴秀吉と柴田勝家とにおける織田信長亡き跡の勢力争いの合戦上が賤ヶ岳といえます。

 今では麓の大音からリフトで421.1m(3等三角点)の山頂に容易に上がってこられ、そして目の前には古戦場当時には壮絶な戦いの末に戦火で湖面は紅に染まったであろうその湖面もあまりにも穏やかに見えます。あぁ、なんと平和なことでしょうね・・・


琵琶湖側に竹生島 史跡賤ヶ岳七本槍古戦場

 今回もいたるところでの道整備を兼ねた山歩きでした。登山口からほぼ1時間で賤ヶ岳山頂です。この賤ヶ岳山頂からの大観は目を見張るばかりです。なんといっても余呉トレイルのほとんどの山並みが眺められるのもうれしいかぎりです。


右から横山岳、妙理山、大黒山に左の行市山

 もちろん本日これから足を向ける458.1m太平良山は指呼の間にあり、最後には砦群の跡地神明山の尾根も狙います。

 
手前右が太平良山、奥に高島トの乗鞍岳

 案内板など賑やかな賤ヶ岳山頂ではサプライズが!・・、それはSさんが担ぎ上げられた丸ごと1個の西瓜を全員でいただき、暑い山頂で西瓜がいただけるとはとみな興奮気味です。すぐに北アの合戦尾根の値の高い西瓜話となりました。Sさん重かったでしょう。ほんとうにありがとうございました。

 そして山頂から北西よりにまずは国民宿舎余呉湖荘と飯浦とを分ける切り通しへ下っていきます。その四差路まではしっかりとした道がついて20分で降りれます。

 この後ゆるやかに登って塩津へ下る道を左へ分ける三叉路を右の北方向へ進み、いよいよ太平良山への道となりますが、か細い道で倒木などの部分では踏み跡不鮮明となるために、まだまだ赤布をつけたり邪魔な枝落しなどの整備をしながら1時間15分もかけての4等三角点埋まる太平良山でした。

 この山頂は自然林の樹林の中で展望はありません。クロモジなどが繁茂しています。もちろん他にも雑木がいろいろあるようにみました。遅昼が終わるとこれ何?とのTさんの声、見ると赤っぽいホオノキの果実が目の前に現れました。


太平良山の三角点上にホオノキの果実

 その後は山頂を立ち上がると真北へ20分ほど下っていきます。すると目の前に突然大木が道をふさいでいます。3人がかりで3m70ほどもあるケヤキの大木が現れました。太さはともかく見上げると枝先はいたって元気そのもので、青々と葉をつけて広がっています。高さは30mはあるのではとの感じでした。

 付近には同じケヤキが何本か立っています。またヤマザクラの古木も見られます。この大ケヤキから大黒柱が何本取れるのでしょうか。笑

 そしてずっと同じく、か細い道を北へ進むとようやく太平良山から半時間ほどで権現峠でした。歴史を感じさせる常夜灯らしき古びた石塔が立っています。
 もちろんここも四差路でいろいろな物資や人物達が通過したことでしょう。もちろん賤ヶ岳の合戦時代にも多くの兵が通ったことでしょう。まさに夏草や兵どもが夢の後の雰囲気十分です。

 これより予定の琵琶湖畔の川並へを変更し、砦跡ならぶ茂山から神明山(4等294.5m)そして堂木山までの里山を最後まで踏み下って、権現峠よりほぼ2時間歩きとおしました。
 なお、今回は約5時間の歴史自然回廊でした。

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