丹沢干支の山、竜ケ番場'12.1.12~14 前夜発2泊3日

 

初 日 大倉-大倉尾根-金冷シ-塔ノ岳-竜ケ馬場-丹沢山(みやま山荘泊)
二日目 小屋-丹沢主脈-不動ノ峰-棚沢ノ頭-鬼ケ岩ノ頭-蛭ケ岳-丹沢山-塔ノ岳(尊仏山荘泊)
三日目 小屋-表尾根-新大日-行者ケ岳-烏尾山-三ノ塔-二ノ塔-ヤビツ峠-蓑毛

 本年は壬辰歳、京都裏愛宕の竜ヶ岳、紀州富士の龍門山に続いて干支の山の三度目でした。竜、龍、辰などのつく名の山は数え切れないほど全国にありそうです。
 今回は丹沢山塊の竜ケ馬場(1504m)を訪ね、丹沢最高峰の蛭ケ岳(1673m)なども踏み、丹沢主脈稜線からの大展望の限りで、久しぶりのプライベート富士見山行を十二分に堪能することができました。
 普通丹沢山塊は関東方面の方なら日帰り、ゆっくりする方でも1泊がほとんどであります。もちろん私達のように関西人なら普通1泊でしょう。しかし、私は今回二日も小屋へ泊まる殿様登山をやってきました。

 でも初日は寒冷前線の影響で予報とは大違いのまったく白日の山となってしまいましたが、二日目は期待どおりのすばらしきかな丹沢でした。三日間で250枚ほどの画像など歩くのも亀さんでのんびりできました。

 まずは二日目に見た竜ケ馬場付近からの様子です。それにしてもこの頂のササ原から富士山を始めて目にしました。これも干支の山でない限りほとんど踏み込まないことでしょう。

竜ケ馬場山頂ササ原の中から 12時ころで逆光 ピーク下の展望台から東の端の雄、大山

 では、日本百名山の1等三角点1567.1mの丹沢山からの富士山など、画像はいずれも二日目です。丹沢山からの富士山展望はやや物足りないとの声多いのですが、私はそんな声にまさるこちらのみやま山荘がすばらしいのを聞きつけてあえて宿泊を選ぶことにしました。
 期待通りの内容で、すっかりファンになりそうです。何といっても設備がきれいなのはもちろん、とりわけ食事内容が塔、蛭の小屋とは全然別格、最高です。
 もちろん小屋主の素朴な人柄や小屋番の方にも気に入りました。京都北山が好きというくらいですから話が合います・・。もちろん、また来ますからとの約束もしてきました。笑

 丹沢山は三角点地が確かに展望いまひとつ否めないのですが、わずか先には右下画像のようなすばらしい景色が待っているのも知っていただきたいと思います。
 なぜなら日百お目当ての方で塔に泊まる方は、丹沢山の三角点挨拶が済めば「なんだここは展望がよくないな」とすぐに引き返される方が多いようですから、わずか先の好展望を見逃されるわけです。

夜景がまだ残る 6:23 丹沢山からのご来光は枝がうるさい 6:43
日の出時の三角点地より 7:00 蛭へ出発後すぐ 7:21

 みやま山荘(7:20)を後にした私はすぐに光景を眺めるのですが、そのような富士が行けども行けども続いてきます。まさにこれが稜線漫歩というものでしょうか。
 しまいには富士よりあたりの山座同定ばかりするようになりました。つるべ落としを下り、ササ原をこんどは登って不動ノ峰の樹林帯から稜線漫歩の始まり、棚沢ノ頭を過ぎればさらに大展望がいいですね。

不動ノ峰右奥から蛭ケ岳が小さく見下ろす 手前右臼ケ岳奥の西丹沢の雄、檜洞、左同角ノ頭

 自らの踏跡を残した山並みを眺めると実にうれしく、よしまた登ろう!との気がおきてしまい困ったものであります。それにしても目の前に連なる同角山稜のすばらしさは忘れられません。
 そしてユーシンから熊木沢出合、弁当沢ノ頭そして棚沢ノ頭へのルートも気になっています。もちろん今回も棚沢ノ頭でユーシンへの道標を見て少し下見?もできました。身がいくらあっても足りません。笑

 わずかですがやや難路の鬼ケ岳ノ頭先のクサリ場は慎重に下ります。ここの光景が撮れたのもよかったですね。これまでから仕事でここを通過時は写真どころではない箇所ですから、そうかこんな絵だったのかと感動ものでした。

鬼ケ岩は北も西も展望グー、右は蛭 クサリ場はキョロキョロできない・・

 丹沢山からゆっくり2時間弱で蛭ケ岳でした。しかしこの展望の見事さはどうだ。寒さ堪えて編んでます〜♪、じゃぁない、寒さに耐えながら40分間も山頂にて、こんなにすばらしい山の頂にノ-トレ-スで貸切の今、身震るいするほど感動もので、あたりを歩き回りながら興奮を抑えているのでした。。
 もちろん富士の右側にはずらりと南アの精鋭たちの稜線が居並び、これぞ江戸時代の俳人であった蝶夢の『かくれなく重なり合ふや冬の山』を想うのでした。

中央檜洞、その右奥畦ケ丸、右大室加入道、左前同角ノ頭

 360度の大展望台とはこれをいうのでしょう。。上画像の足跡はみな私一人のものです。それにしても歩き回ったものです。笑

 やっぱり富士山を眺めるには、白銀のなかからが一番似合います。できればもっと雪が欲しかったのですが、2~3cmくらいしかありませんでした。

山頂標識と富士の間は愛鷹山 右の丸いのが大室に奥へ加入道

 撮った写真を眺めていると富士の前座は、ほぼどこから見ても丹沢山塊ナンバー2の檜洞丸(1600m)ですね。西丹沢ではどうしてもここを踏むことになるのですが、蛭から檜洞への丹沢主稜をまたチャレンジしたくもなりました。
 丹沢主稜は厳密には蛭から檜洞、そしてこれより犬越路を北上して大室からモロクボ沢ノ頭より菰釣、三国山などの甲相国境尾根をとおしたものをいうようですが、長い尾根歩きのスルーは容易ではなさそうです。もっとも私は分割ではありますが、ひととおり踏んではいます。今度は紅葉の秋を狙いたいなとも考えています。

 さぁ、これで大満足の丹沢山系における富士見山行が終了です。後は来た道を今晩の宿へ塔にある尊仏山荘へ行くだけです。見飽きた富士の光景はこれくらいにして他のものを見ながら帰りましょう。

 最初は日本の数ある桜の仲間で一番標高の高いところに咲くといわれるタカネザクラ(別名ミヤマザクラ)に樹氷がきれいでした。

 その後には稜線にブナ林がところどころにあるのですが、あまりに枯れブナの多いのにも痛々しさが目立ちました。この丹沢山塊でのブナ林の衰退では神奈川県でも相当頭を痛めているようですが、確たる原因がつかめない現状にあるようです。
 丹沢での原因は地球温暖化、酸性雨、車の排気ガス問題などでしょうが、とりわけ鹿が全国的に増え、鹿による食害が深刻な問題となっています。丹沢山塊も例外ではなく、鹿による植物被害が最たる原因ではないかとも思うのですが?・・今回も山小屋にはその対策の金網柵設置の作業者の方々も泊まっておられました。

タカネザクラ(別名ミヤマザクラ)の樹氷 不動ノ峰のブナ林も枯れ枝が・・

 次に日本では3種あるナツツバキの仲間で一番出合うことの少ないと思われるヒコサンヒメシャラ(ツバキ科ナツツバキ属)をご覧いただきましょう。

樹皮に横線のないものも多い 樹皮に横線の目立つのが特徴
上部にはこの時期は裂開した果実が目立つ 樹木の全体像

 この種のみは丹沢山塊が北限のようです。花期は7月と3種の中で一番遅咲き、また花弁の大きさは3~4cmとヒメシャラ(1~2cm)より大きいようです。
 しかしナツツバキ(別名シャラノキ)は5~6cmと3種の中でもっとも大きくよく目立ちます。実は私もヒコサンヒメシャラの開花時はまだ未見です。
 名前の由来は日本三彦山(兵庫県の雪彦山、新潟県の弥彦山)の本家といわれるような福岡にある英彦山の名をとったもののようですが、その山頂にあった樹木には出会ったことがあります。

 なお、さらにヒコサンヒメシャラ等3種についての詳細を知りたい方はこちらをクリックしてご覧ください。

 そしていよいよ塔ノ岳へ辿り着きました。ここ尊仏山荘は何度かお世話になっていますが、この時期なら猛烈に寒い寒いとの思い出があります。
 今回はそれでも夕食時あたりで外気温氷点下7度くらいでしたが何とか外での日の入り、夜景の様子などを撮ることも叶いました。がしかし写真の腕前は相変わらず成長していませんね〜涙

塔ノ岳には13時に帰り着き、後は昼寝、ア〜軟弱 富士落日 16:45
落日後の夕景 17:00 東京方面の夜景 18:15

 今回は初日と三日目が富士は一度も見えないなど悲惨でしたが、中日だけはすばらしい天候で富士見日和となってくれたことが最高でした。
 そんなこんなで今後も丹沢をさらに深く知るために足しげく通いたくなる山域となってきそうです。

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