丹生山系 帝釈天'12.1.17    ルート図

 

衝原-義経道-明要寺跡-丹生神社-シビレ山分岐-丹生会館分岐-帝釈山-丹生会館分岐-裏参道分岐この後林道-
丹生神社参道出合-表参道-千年家分岐まで往復-丹生神社参道出合-林道鉱山道分岐-表参道-丹生神社前

 この山系は「丹生山系縦走路」と随所に指導標がかかっているように、丹生山から帝釈山、稚児ケ墓山、花折山に金剛童子山へ全山縦走で歩かれているようです。
 私も相当以前にはこの全山縦走をやりましたが、今回は丹生山から帝釈山を歩き、普段あまり来ない山域での歴史・文化にふれ、とりわけ自然観察も渓谷植物の植生を伺ってみようとの気持ちで歩いてみました。

 またこの山域には清盛、義経、秀吉と天下にまつわる歴史上の名だたる武将の名がおどるほど登場する地でもあり、NHKの大河ドラマの影響もあって、どうやら今年の目玉となりそうです。

 まずは登る前に衝原に国指定の重要文化財箱木家住宅を覗いて見学です。千年家といわれているように室町時代の大古、部落の中心的な地侍という家柄の民家であったと思われているようで、破格的な古い様式を持つ家として知られています。 

箱木千年家

 さぁそれではサイクリングターミナルの裏手より山歩きのスタート(10:25)です。源平の頃、平家追討の義経軍が一ノ谷の合戦の際に鵯越の逆落としといわれた奇襲作戦をかけるため、この山系を越えたという伝承の道、義経道を踏みます。
 この道はか細いのですが、最初から尾根どおしで自然林ばかりの気持ちよい歩きが楽しめます。乾いた尾根道にはよく見る樹種ばかりで、目新しいものはありませんでした。
 ヤブムラサキ、サルトリイバラ、モチツツジ、コバノミツバツツジ、ソヨゴなどが確認できましたが、カナメモチが多数みられたのが印象的でした。
 もちろんアベマキ、コナラなどの落葉広葉樹に照葉樹のヤマモモも見られ、なかでもアカガシの古木が多数残っています。まったくの雑木林ばかりで3~4月ころ早春の山笑う状態にも出会えたらと思わせてくれます。

 明要寺歴代のお墓から広い表参道へ上がります。広く竹やぶのトンネル状態の道から明要寺跡、そしてすぐで丹生山(11:25~35)は立派な神社が建つ丹生神社そのものです。
 戦国時代に到り、明要寺は三木の別所氏に味方した事から1579(天正7)年、羽柴秀吉に僧坊・堂宇を焼き払われ数千人の僧・稚児が焼死したとあります。

 一方、丹生神社の祭神は丹生都比売(にうつひめ)という女神とのことです。また水銀鉱業を生業とする丹生氏族の氏神さんであったようです。
 なお、この神社様式は本殿が春日造、幣殿と拝殿が切妻造となっているようです。また山頂の二の鳥居、下山口で見る鳥居も明神鳥居様式です。この鳥居は京都の八坂神社などでも見られる、もっとも一般的で一番良く見かける鳥居様式であるといわれています。

 ここでは毎年5月5日に丹生祭が執り行われ、子供相撲も行われているようです。また麓の坂本にある丹生宝庫も年に1度の公開日で、平安末期に2千の僧兵と幾多の堂塔伽藍を擁していた頃の丹生山の偉容を伝える明要寺全図や豊臣秀吉、小野道風などの書や遺品を見ることができるとのことでした。

 そして少し下ってシビレ山分岐から右にとって、二つの小ぶりなピークを越えると掘割状鞍部の丹生会館分岐との標識を右に見て通過(11:50)東へ直進です。
 この全山縦走路はいずれも自然林の中ばかりで展望は皆無のようですが、樹木観察しながらの歩きですから退屈しません。

 やや急登が始まりますがわずかで帝釈山(12:05~40)でした。山名は明要寺の奥の院として梵天帝釈を祀っていたことから帝釈山という山名がついたとされているようです。
 山頂には今も石の祠が残っている2等三角点586.1mの山で登頂記念札が賑やかに下がっています。また、ここではナワシログミの古木があり、今は果実が多く見られました。

岩のころがる帝釈山の様子

 グミ科の種も数多いのですが、名前は果実を主体に熟す頃の名がついているようです。苗代の頃に実が熟すのでナワシログミ、秋に熟せばアキグミというようです。他にナツ、フユ、マメ、ナツアサドリ、マルバ、ツルグミなどです。

 また仲間の同定では葉の裏表へ鱗状毛、星状毛でまず見分け、果実の熟すころや葉の様子などの全体で見分けることでしょうか。

 なお、ここではナワシログミとマルバグミの雑種といわれ、両者の中間的な形質を示すオオナワシログミかもしれませんが、さてそれならその二種があるのかどうか確認はできませんでした。もっともこの種は品種改良した園芸種の一種かもしれません・・
 しかしnet上でその自然分布域は宮城県、高知県しかなさそうですから、やはりナワシログミとしておきましょう。

 暖かな山頂でしたから南部の展望よしということで弁当を広げます。よ〜く見ると六甲山全縦走のスタート地点の山が並んで見えるようです。中でもはっきりするのはアンテナの見える菊水山でしょうか。食後に右の方にできるだけ寄って東の方向の枝のむこうには麻耶山ではないかな?とも思いましたが・・

 真近い低山は右のゴルフ場そばにシブレ山、左に長坂山あたりではないでしょうか?、南西には薄っすらと淡路島も肉眼では見えました。

 貸切でのんびりした後は戻って丹生会館分岐を左折し、やや荒れた山道を下ります。でもこの谷筋にはいろいろな樹木も見られます。まずはクスノキ科の仲間たちでした。
 私はヤブニッケイ、シロダモ、イヌガシ、カゴノキなどは比較的目にする機会が多いのですが、タブノキ属は少なくて今回は新鮮な気持ちで観察できました。

ホソバタブ(クスノキ科タブノキ属)の葉 ホソバタブの冬芽(タブノキより小さく赤みがある)

 なお、果実があれば果床に包まれていないのがこれらタブノキ属の特徴で、クスノキ属は果床に包まれているのでこの点から同定も可能です。でもこの種は幼木で果実は見られませんでした。
 また冬芽の姿も細長いもの、やや丸っぽくて先が尖り気味なもの、タブノキ属は花芽と葉芽が入る混芽ですがそれぞれ個性があるようです。
 画像で細めの冬芽は葉芽、ふっくらとしている冬芽は花芽と葉芽の両方入った混芽の冬芽です。

 荒れた山道を10分ほど下ると裏参道の簡易舗装路へ出て、道なりに左へまた10分ほどで表参道の丹生神社参道出合です。これより尾根を登って千年家分岐までは未見でしたので20分ほどで往復します。

 もっとも尾根道ですからやはりほとんど目ぼしい見所はありませんでしたが、丁石がきれいに立てかけてあります。
 どうやらこれが平清盛が丹生山を比叡山にみたてて明要寺を復興し、日吉山(ひえさん)権現を祀って参詣したと伝えられます。この山頂までの参道の丁石はこのとき福原の都を起点に清盛が1丁ごとに建て月参りしたと言われているようです。

 この後はほぼ平らな山道を下って鉱山跡への道を交差し、また麓まで山道の表参道を下ると大クスが立ち、その下にはゲートが設置された登山口となっていました。
 そしてすぐに丹生宝庫や丹生会館のある一帯が坂本で、少し下れば神戸市バス丹生神社前の鳥居にゴールです。

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