雪の金閣寺'12.2.18

 寒くなればどうして『金閣炎上』や『金閣寺』が読みたくなるのでしょうか。燃えてしまったのは61年も昔の暑い7月初旬だったのですが・・
 ことしは水上ばかりでなく、たまには三島本もよいのではと、三島由紀夫の「金閣寺」を通読中ですが、おりしも昨夜からの寒波によって北山の金閣にも雪が訪れたことだろうと一目散でした。

 さて、開門と同時に長蛇の列のひとりとして境内です。1年ぶりの金閣の様はいつものように、目に鮮やかな金色があたり一面を照り輝かせています。
 やっぱり金閣よ、美しすぎる極彩色はどうしてなのかなどと、あたかも青年僧と同じような気になりだし、こうか、あ〜かとの思いを巡らせ、鏡湖池に写る逆さ金閣を眺めたり、心いろいろで人ごみの中にさまよっているわたしでした。

 さぁ、この後は三島由紀夫の金閣寺に沿って話しを追ってみましょう。

 「幼時から父は、私によく、金閣のことを語った。私の生まれたのは、舞鶴から東北の、日本海へ突き出たうらさびしい岬である。・・」の文で始まる三島由紀夫の長編は1956年新潮社から刊行されました。

 昭和25年7月2日未明に、金閣の徒弟である青年僧によって火が放たれた金閣寺をモチーフに、三島由紀夫が書いた長編は、どもりで性格が歪んでいく「私」がしまいに金閣を燃やして念願を遂げるまでの心理描写ではないでしょうか。

 こんな件もあります。
 「いつも思ったことだが、鏡湖池に立ち迷う朝霧や夕靄をみるたびに、私はこそこそ金閣を築いたおびただしい官能的な力の棲家だと思うのであった。
 そして美は、これら各部の争いや矛盾あらゆる破調を統括して、なおその上に君臨していた!、それは濃紺地の紙本に一字一字を的確に金泥で書きしるした納経のように、無明の長夜に金泥で築かれた建築であったが、美が金閣そのものであるのか、それとも美は金閣を包むこの虚無の夜と等質なものなのかわからなかった。おそらく美はそのどちらでもあった。細部でもあり、全体でもあり、金閣でもあり金閣を包む夜でもあった。そう思うことで、かって私を悩ませた金閣の美の不可解は、半ば解けるような気がした。」

 岬の寺の住職であった私の父は、私が幼い頃から、金閣のことを語ってきかせます。「金閣ほど美しいものは地上にない」という父の言葉や、金閣というその響きが呼び起こす荘厳なイメージから、幼い私の心は幾重にも美しい金閣を想像し、やがてはその美を途方もないものとしてとらえていきます。
 そして挙句の果てには絶える事のない金閣の美に嫉妬し、火による征服という技法により勝ちをえようとしたのではないかと思量されますが、なにぶん皮相浅薄なる吾が身には適切なる解読容易ならざるものがあります。。

 その長編小説ですが、330万部を越えるベストセラー小説となりました。もちろん映画化もされましたが、そのあらすじはこちらからご覧ください。

 なお、水上勉の「金閣炎上」のページはこちらよりご覧いただけます。

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