比良 北比良峠'12.2.19

 京都では長年のバス路線であった出町柳から朽木方面が冬季は全廃されてしまいました。でも待ってた大雪で武奈へ登ろう!とアクセスを変えての出発でした。

 JR比良駅を9時すぎにスタート、前方の雪にかすむ比良山系をワクワクしながら快調です。イン谷はもう多くの比良ファンが踏んでいます。
 大山口からダケ道、そして北比良峠から八雲ケ原、武奈ケ岳のピストン行程で胸も弾みます。日曜日のこの時間帯です。読みどおりトレースも細いながらなんとか歩かせてくれます。

 しかし、そうはいっても昨夜からのサラサラの多雪が次第に出始めてきます。サクサク歩いてといいたいところですが、相当の体力を使いながら堪えるようになると、ようやく稜線まじかのフラット地点でやれやれでした。

 

 でもこの後にちょっとした登りのあることも分かっていますから、一本たてて体調を整えます。さぁ、行こうとすればすぐに登りにでますが、夏道と違ったトレースとなっています。
 これが結構きつい急登でした。ふぅふぅいいながら押し上げます。でもこれがまた冬山の醍醐味でもあるのでしょう。頑張り力もどんどん減少しているのでしょうか。でも今日はおかげさまでそう寒くはないので、その面では助かりますが・・。

 ようやく北比良峠のケルン地到着です。腕の12時半を指しているのを覗いた瞬間、あれ〜もうこんな時間だ?、との思いでした。
 これでは武奈は無理だなと脳裏を走ります。でもせめて八雲ケ原までくらいは行かないとと、進めどもすぐにトレースは後戻りで消えてしまっています。
 どうやら、比良ロッジ跡を経由しての八雲行きのトレースとなっています。そうかまだ迂回して八雲か、、、とのことを思うといっぺんに心なえて、あっさり武奈はおろか八雲ケ原までも断念でした。

 そうと決めたのなら、このケルン一帯でゆっくりしようと武奈方面にカメラを向けるも、武奈の頭はなく、ようやくコヤマノ岳がぼんやり分かるくらいの有様でした。

 では松の木の下で寒さを避けて鍋で温ったまりましょう。一面の白銀の中での遅い昼食ですが、冬山の楽しさ最たる時といえるでしょう。

 でも、武奈を断念してしまい、心は晴れるわけはないのですが、昼食中もリベンジはやっぱりコースは、正面谷から金糞峠、そして八雲ケ原から武奈だろうと考えるのでした。
 もちろん、JR堅田駅から坊村へ向かい、御殿山から武奈に達し、表へ下るコースとりはテント山行とならざるをえないようです。今回もこの行程での方々がだいぶ見かけられました。しかし、この方法は相当の体力保持者でないと容易ではなさそうです。今日も聞けば男性25kg、女性18kgとの話で、さすがに気が滅入ってしまうのでした。
 したがって、今冬のリベンジは天候を見て早立ちで正面谷からの武奈をやっつけようと、逸る心を静めるのでした。

 しからば、今回は下山を楽しもう!と一気に心をギアチェンジしましょう。そうと決まればもうがっちりとしたトレースは見向きもしません。
 これぞスノーシューの威力発揮です。急勾配をものともせずにまっさらな雪を蹴って駆け下りです。これがまた最高の楽しみでした。

 歩いているうちに思い出します。
 そう『下山の思想』でした。直木賞作家、五木寛之の話題のベストセラーです。そうです。山頂をきわめたあとは、静かに下山しなければならい。それは登山のエンディングであり、完成であります。
 どんなに深い絶望からも人は起ちあがらざるを得ない。再生の目標はどこにあるのか。敗戦から見事に登頂を果たした今こそ、実り多き明日への「下山」を思い描くべきではないか、と。成長神話の呪縛を捨て、人間と国の新たな姿を示す画期的思想の書のようです。 (幻冬舎新書新刊のパンフより)

 こうして敗戦から立ち上がり、その後試練に見舞われてから世界第二位の位置にまでたどり着き、そしてまた大震災に見舞われた今や、日本はどう生きればよいのだろうか。
 戦後六十年の「登山の時代」が終わって、「下山」にかかる時代にはいったと五木はいいます。でも−思考ではないと、そう登山のなかでの下山にも今回のような下山の楽しみも多いのです。五木は下山の途中に見えるものとして次のようなことも言っています。
 ・美しい風景ー遠くの海、町の遠景、岩陰の花、それらを眺める余裕にも気づく
 ・自分の来し方、行く末ーいま自分はどこにいるのか、行先はどこなのか考えるとき
 ・成熟への道ーポルトガル、スペインなど下山の先進国を見て学ぶ
 ・希望ー日は堂々と西へ沈み、また昇る。下山の先にも新たなスタート地点がある

 こんどの大震災は、下山中に大きな雪崩に見舞われたようなものかもしれない。一歩一歩足を踏みしめて、慎重に下山しているところを背後から強烈な雪崩に襲われたとも・・

 でも私は今回も急坂の雪原を一気に下山しながら、大きく悲惨な事態に遭遇しないような心のそなえは、せつに心しながらの下山なのでした。

 ふと気がつけば、いつものように上部での青空は片隅のみであったり、ちらほらと雪片の舞い踊る寒さだったのですが、途中からは大きく青空が広がって陽の明るさが現われてきているのでした。

神爾谷分岐より奥に釈迦岳 下山後の比良の稜線

 湖西線の走る音がしだすと、私はここでもいつものとおり振り返って山並みを目で追います。すると先鋭な堂満の頂ばかりが目に入り、今日の北比良峠を探すのさえ忘れてしまって、気持ちはもう帰りの電車に向いてしまっているばかりでした。(比良駅着16:45)

ホームヘ