比良 神爾谷からコヤマノ岳'12.3.19

JR比良-イン谷口-神爾谷-北比良峠-八雲ケ原-スキー場跡-コヤマノ岳-
南尾根-ヨキトウゲ谷-金糞峠下テン場-金糞峠-青ガレ-イン谷口-JR比良
 
旧比良スキー場高速ペアリフト最上地からの展望カラ岳、釈迦岳、ヤケオ山手前白い部分は八雲ケ原ゲレンデ跡

 青空を見上げながらJRで北へ向かうも、比良駅(8:20)を出ると小雨となっています。う〜ん、やっぱり今日の午前中はしかたないのかなと予報を思い出しながらイン谷口(8:50)です。

 今日はいつもの正面谷とは反対へイン谷へ入り、神爾谷がメインの登りとします。最近の雨天続きで残雪もすっかり消えてしまっています。
 シャカ谷のカマブロ洞地を左に折れ、リフトの橋脚跡をすぎるとすぐに釈迦岳への道(9:23)を右に見送って、いよいよ神爾谷ルートへ入ります。
 そして分岐から10分ほどで神爾ノ滝上でしたが、今日は滝つぼへ降りるのはよしましょう。上の登山道から見下ろします。流れ落ちる音はよく聞こえますが、滝そのものは雑木(右↓画像)がうるさくはっきりとは見えません。

 このあたりから夜来の雨が雪に変わっていたのでしょうか。道沿いにもうっすら白くなってきだしました。そしてこの後10分もしないであたり一面は真っ白な残雪が広がり、その上の新雪が足首まで潜るようになってきます。時には踏み抜きで膝まで突っ込むことしばしばとなって、ようやくスノーシュー装着でした。

 しかし、道はいよいよ険しくなってきます。神爾谷ルートはほとんどが右岸を登るのですが、時には左岸の堰堤を高巻きながらの前進も3度ほど出てきます。
 最初に左岸地のカラダケ谷あたりは嫌らしい箇所、必死な登りで写真も撮り損ねました。岩混じりの急登のために休み休みの前進をするほどでした。

 ほとんど整備されていない神爾谷ですが、この左岸は左に切れ落ちた箇所などをいかに無事に通過するかにかかっています。 

アイゼンでは膝まで入るため、スノーシューで無理やりトラバース

 この後すぐに右岸への渡渉地に下ると、52年前の2月に亡くなった方の慰霊碑が苔むしています。50年も前であれば豪雪時代、まして2/2といえばまだまだ大変な深い雪の頃だったことでしょう。
 このような時期に踏み入れた『山を愛し、デキシーを愛した○○君ここに眠る』の、おそらく純情青年の山男であったことは想像をかたくなにしません。。ご冥福をお祈りました。

 慰霊碑から7分で右岸のロープ箇所をなんとか上がると、画像では写っていませんが、上部にこんどは潰れかかった丸木の渡してある橋も雪が邪魔してひやひやで通過です。

 そして13分で2度目のロープ地でしたが、これも注意しながら登ればそう危険ではありません。そしてようやく13分後には北の谷との二股地、西南西方向へ登りあげる方向指示標識地点が見えてきました。
 あ、やっとここまで来たのかと思わずホッとして1本(10:55~11:05)です。なお、神爾谷ルートに入ってしまえば表示は赤布のみで、ここの手作り標識以外の設置はありません。

谷の流れも細くなり、谷の二股で赤い矢印の表示、三角岩が目に

 このお休み処で心の余裕ができ、一面の雪景色に腰を下ろしていろいろ考えます。それにしても今年の芥川賞は内容的にはあまり面白くありませんでした。

 『共喰い』と『道化師の蝶』の二作でしたが、とりわけ前者の田中慎弥は奇異な感じの受賞インタビューでセンセーショナルを引き起こしたのですが、肝心の小説そのものについては読者の受けについては如何かな?との思いでもありました。

 雑誌によりますと、山口県で生を受けた作者は母と支えあって、東大生もやらない無茶をやってやろうと源氏物語を5回も通読し、日々文学へかけた執念が続いたようです。受賞作そのものは私的にはどうも何度も読みたいとは言いがたい内容のようでした。

 読者も芥川賞ということでの飛びつきは否めないのですが、本作は暴力的な性描写があまりにも目立ちすぎませんでしょうか。
 長い将来までも読み継がれるような純粋な芥川賞らしさの小説を選者の方々に考慮する期待は当節容易ではないのでしょうか。はたまた、われ等レベルでの芥川賞への思いは希薄な時代になっているのでしょうか。

 もちろん、もう一作の円城塔の道化師の蝶もあまりに内容が理解しがたい表現多く、選者の中には本作は小説になっていないや、読んだ人の多くが芥川賞作品を二度と手に取らなくなるだろうとまでいう意見も出たようですが、ならばなぜそのような作品を取り上げたのか?と理解できないばかりです・・・。

 さてさて、小説話はこれくらいにして、二股からはやせ尾根の急登となります。相変わらずシューは脱いではいません。

 そして20分少しで蟻地獄の景色が眼前に広がってきました。雪のついたこの光景は初見でした。やった〜!感動の瞬間でした。一人ぼっちで見上げていると登頂を祝ってくれたのか青空までも広がってきています。

 こんな景色を目の前にして、またまた田中慎弥の小説が思い出されました。登場する母親たちのたくましく生きる姿が印象深く、それに対し男たちのふがいなさの生き様はこの時代を読んでいるなと変な感心をしているのでした。

 この蟻地獄を白いスロープへスリップしないように勇ましく?登りあげます。そして登りつめたところはばっちり二体の祀られる地蔵さん前(11:30)でした。
 釈迦岳分岐からこの地蔵さんまで、残雪の神爾谷をほぼ2時間で登りあげました。ありがとうございましたと深々と頭をたれていました。 

 この後は北比良峠のケルン地から八雲ケ原で昼食(11:50~12:10)、そして旧スキー場Aコースからパノラマコースのゲレンデを上がって最上地で釈迦岳などのパノラマ(上段↑の画像)を楽しみます。

 スキー場から上へは小枝が少々うるさい尾根へ突っ込みですが、なだらかな斜面はひと歩きで、ブナ林のコヤマノ岳(13:05~10)です。

 山頂の近くからも先ほどのスキー場地点からと同じような大パノラマが続きます。ただ、ここまで標高を上げると琵琶湖の広がりも眼下に入り、少し進むと今度は南方面の展望が広がります。それは堂満岳の頭、さらに右方向には打見山に蓬莱山が白さを強調しています。。

琵琶湖をバックに東方面の釈迦岳 南方面の堂満がひと際目立つ

 さぁ、今日の下りも南西尾根の中峠を右に見送って南尾根をヨキトウゲ谷へ駆け下りです。トレースはここまでまったくなく、樹木につけられたペンキの赤丸を目印に尾根を進みます。
 しかし支尾根の分岐に赤丸印が見つけられず、地形図を広げること2~3度ありましたが、山頂から30分ほどでヨキトウゲ谷へ降り立ちます。

 谷あいは渡渉への下り登りに雪が邪魔してやや苦労しましたが、どうにか見慣れた金糞峠下のテン場そばの丸木の橋を渡るとすぐに金糞峠到着(13:55~14:15)でした。
 金糞峠下のテン場あたりより踏み後がたくさん見られますが、この人たちはどうやら武奈やコヤマノ岳にも登らなかった足跡のようです。せいぜい八雲ケ原周回でしょうか。
 私は昼食時の八雲ケ原では寒すぎて食事もゆっくり取れなかった残り物を行動食がわりに、峠のここで青空の琵琶湖などの下界をのんびり眺めながら休憩です。

 さぁ、いよいよこの先は急坂が待っています。アイゼンに変えて下りましょう。一番上の水場で喉を潤しますが、このあたりから雪が少なくなって、ところどころ登山道が見えるようになってきました。

 そして青ガレあたりも岩が出ている箇所が多くなってきましたが、かまわずアイゼンのままで「かくれ滝」まで降りてきました。ここでようやくアイゼンを取ります。もちろん2分ほど先へ奥のかくれ滝を覗きに行ってきます。

 

 今日は神爾ノ滝(14:50)の滝つぼまで見ませんでしたから、このかくれ滝を見て、う〜んこれで今日の山歩きも終わりだねと一人ご満悦でした。

 最後はイン谷口(15:25)、そしてJR比良駅(15:55)までのんびりと余韻を楽しみながら、寒さがのこる春分の日の前日でした。

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