吉野 高城山'12.4.2

吉野駅-七曲坂-座王堂-吉水神社-水分神社-高城山(往復)

 歴史と自然に彩られた修験道の聖地、世界遺産の吉野山を訪ねました。しかし、桜の国の桜の名所、吉野山も今年の寒さには勝てません・・・

 吉野町の調べによると桜の満開予想は昨年と同じように、例年より10日ほど遅めでした。つぼみ硬く、寒さも続いています。もちろん観光客も少なめです。山歩きの人たちもそう多くの姿もありません。こちらはお陰様で、久しぶりに観光気分でじっくり歴史散策としました。

 まずは駅よりケーブルは利用せずに下千本一帯での桜の見所で「ひと目千本」との表現の発祥の地でもある七曲坂を登ります。今日ばかりは桜に関心は示してもしかたありません。歴史散策に、できれば野に咲く花、山に咲く花も鑑賞しながらの歩きとしましょう。

 なお、吉野山では桜が非常に多いのですが、それは桜が蔵王権現の神木であるとされたことによるとのことです。また、桜の開花順に麓から上へ次のようにいわれているようです。

かつては奥千本の高城山から金峯神社にかけても数多くの桜樹があり名所であったというが、現在は杉桧が繁っているようです。(以上はウィキペディアより)

 坂道から平坦な車道に上がると赤い欄干の大橋にも目が留まります。この大橋は説明板によりますと、両側が谷になっており、もっとも高い地形にあって水はなく、実は元弘三年大塔宮護良親王が北条幕府方に対し、吉野城に立てこもった時の空堀に架かる橋で、昔の戦の戦略的な意味があるとして注目され、吉野三橋となっているようです。

 続いて黒門から銅の鳥居にやってきました。この黒門は金峯山寺の総門で、昔は大名といえどもこの門からは槍を伏せ、籠を下りまた馬も下りて通行したという格式を誇っていたとのことです。
 また銅の鳥居は俗界と浄域との結界であり、仏道修行を発心するところ、菩提心をおこすところとされています。宮島の木の鳥居、天王寺の石の鳥居とともに「日本三鳥居」の一つとされているようです。なお、この金峯山寺銅の鳥居は重要文化財の指定でもあります。

 そしていよいよ世界遺産の吉野山の代表であって、蔵王堂秘仏ご本尊のご開帳が執り行なわれている金峯山寺につきました。

金峯山寺の本堂である蔵王堂
   
 もとよりこの金峯山寺は修験道の総本山として、役行者が開き蔵王権現をお祀りしたのが始まりとされているのはあまりにも有名ですが、この高さ約34mの蔵王堂は木造建築として東大寺大仏殿に次ぐスケールといわれています。もちろん仁王門とともに国宝でもあります。

 さて、吉野山・高野山から熊野にかけての霊場と参詣道が平成16年に『紀伊山地の霊場と参詣道』としてユネスコの世界遺産に登録されました。
 その中で吉野山一帯の「金峯山寺」「吉水神社」「水分神社」「金峯神社」が世界遺産の登録資産となっています。ただ、今回私はこのうちの奥千本にある金峯神社だけは行けませんでした。

 続いて吉水神社はお土産屋さんが数多く並ぶ町並から、わずか2~3分奥まったところにあります。この神社も日本最古の書院建築として世界遺産登録された一つでもあります。
 もちろんつとに有名なのは源義経が文治元年兄頼朝の追手に逃れた寺として、静御前、弁慶等兵とともに潜居していたのはよく知られています。さらに義経の鎧は重要文化財の指定を受けています。
 このように悲運に生きた一代の英雄と佳人とのロマンスの舞台となった吉水院には、この悲恋物語を後世に伝えてきた数々の遺品が残されてきています。

 さら、安土桃山年間には太閤花見の品も多く、とりわけ秀吉愛用の金屏風もあります。このように一世の英雄がおのが春を謳歌する豪華絢爛たる寄贈物が見られます。 

境内より中千本の桜の眺め 入母屋作り、桧皮葺の屋根が美しい

 そのほかにも吉水神社には後醍醐天皇にまつわるものなど百数十点の文化財や宝物の展示があります。(観光パンブによる)

 舗装路の道はなだらかに登りが続きますが、方々見所があって疲れは感じません。そして何より迷路のように分岐がたくさん出てきますが、要所に観光案内図が設置してありますから大丈夫です。

 吉水神社、勝手神社あたりの中千本から竹林院をすぎ、花矢倉にかけての坂周辺は上千本、このあたりからはこれまでより傾斜がややきつくなってきます。しかし人影はほとんどなくなって、ぽつんぽつんとある民家でも暇そうにしておられます。

 この花矢倉とは兄頼朝の怒りに触れた源義経が静御前、弁慶、佐藤忠信らと吉水院に身を隠していたおりに、豪僧横川の覚範が追いすがって争いとなり、忠信が義経の身代わりで花矢倉から弓を放って横川の覚範を討ち取ったところのようです。近くにはその横川の覚範の首塚もあります。

 その花矢倉展望台からの満開の桜時はこれ以上ないほどのビューポイント地で有名なところでもあります。しかし、これまでにも何度もこの展望台へ立っていますが、桜満開のベストな日のめぐり合わせは極めて容易ではなく、今回もしかりでした。

花矢倉展望台からの眺めはすばらしい

 中千本あたりの景色は忘れて遠くの右より二上山、葛城山に金剛山の山並みを眺めて、あの稜線もしばらく歩いていないなぁ・・と放心状態となっていました。

 次は展望台から3分で水分神社です。ここの本殿の屋根の葺き替え工事もようやく終わって華麗な本殿を見せてくれていました。
 水の神をまつるのですが、「みくまり」が「みこもり」に通じ、子守明神とも呼ばれて、子宝、安産の神様として親しまれています。
 建築様式の一間社春日造りの左右に三間社流造りが並んだ本殿は珍しく、そして威厳さえ感じさせます。

春日造の三間社流造の本堂 両部鳥居が稚児柱の前部を外されている?

 この水分神社は本居宣長も両親の子守明神への祈願により授かったとのことです。また豊臣秀吉も祈願に訪れ秀頼を授かったとのことで知られているようです。なお、現在の社殿は慶長10年(1605年)に秀頼によって創建されたものであるとのことです。

 これより奥千本ですが、やや細くなった舗装路をわずかで本日の最高点である高城山へやってきました。標高702mで西から北側に展望の開けた高台であり、コンクリート製の頑丈な高城山休憩所が設置されています。満開時の桜越しに見られるここの風景もすばらしく、訪れる人が後を立ちません。

西へ金剛山に葛城山が真正面 東の高見山は尖っている。

 なお、ここは鎌倉時代末期に天皇に政治を取り戻すべく、時の大塔宮護良親王が北条方を相手に戦闘を繰り広げ、つつじが城といって砦のひとつになった地でもあります。
 さぁ、今日はこれまでとして、後は来た道を駅まで引き返しましょう。そしてこれからの下山の楽しみは植物観察としましょう。

 高城山ではつつじもまだ早く、クロモジ、ヒサカキが咲き初めとなっていました。下り道の両側を丹念に探しながら歩くと、ナワシログミの実もさがり、庭には植えられた山の花木であるアブラチャンが咲いています。それなら仲間のダンコウバイも植えてくれたらよかったのに・・と思ったりして〜?

アブラチャン(クスノキ科)

 そして植栽種のサンシュユ、ミツマタもきれいに咲き出していました。また桜に宿るヤドリギも見られました。また大きな木で咲いているのは紅梅で、薄ピンクやら濃い紅色やら色合いはいろいろと咲いています。

 山野草ではタネツケバナ、オオイヌノフグリが一番多く、ハコベ、ヒメオドリコソウ、フキノトウも咲き出しています。でもなぜかタンポポは見えません。
 ネコノメソウもそろそろ咲き出していますが、いちばんきれいに咲いていたのはショウジョウバカマの白花でした。またスミレはアオイスミレにタチツボスミレが可愛く咲いています。斜面にはカンスゲでしょうか、それにオオアラセイトウも賑やかです。

ネコノメソウ ショウジョウバカマの白花 アオイスミレ

 以上のようにまだまだ吉野の春は遠いでしょうか。肝心の桜の満開予想は下千本で4/13日、奥千本で4/25日とのことでまだまだ吉野山の桜と自然を楽しむのは先のようでした。
 でも本日はゆっくりのんびり歴史街道で、まったく観光客気分の歩きもたまにはいいもんだとの感じとなりました。

 そうそうお土産にはやっぱり吉野特産の「吉野のくずきり」としました。秋の七草の葛から作られる吉野葛は、野生葛の根っこからとられる最高級の澱粉で、古くは平安時代より人たちの原始食、自然食、保存食として重宝されていたことでしょう。
 この吉野葛は名声どおり、伝統と品質を守って奈良県の特産土産物品として推奨されているとの店主の丁寧な説明にいたみいりました。

ホームヘ