アゴベンチャーワールドな愛宕山愛宕山   '12.3.22   ルート図

保津峡-ツツジ尾根-荒神峠-米買道-表参道3合目下-5合目-ケーブル道-7合目-愛宕山-ジープ道-滝谷
-龍ノ広場-龍ヶ岳-芦見谷-愛宕三角点-首無地蔵-車道-高雄山-神護寺-東海自然歩道-清滝

 雪もすっかりなくなった愛宕のアドベンチャーワールドな一日を楽しみました。米買道といえば柚子の里で知られる水尾から荒神峠(長坂峠)を通って落合への道が、近年京都愛宕研究会による看板設置が立ちました。そのお陰でしょうか、この付近の踏み後はよく歩かれているように見えましたが・・。

 しかし、米買道はそれだけではなさそうです。この荒神峠から清滝へも古道として用いられていたのでしょうか。ネットでも多くの人たちがそのルートを山歩きで楽しまれています。

 今回はこの清滝へのルートをメインに少々冒険心を出して可能な限り、人の踏み込まない山をやってみようと、地図読み山行でもありました。
 もちろん春も近くなって山歩きもさらに増えてきますので、トレーニングがてらのスピードアップでのロングで、やや無茶な山行でもありました。

 さて、保津峡駅を8時頃スタートし、ツツジ尾根から登りだして一汗すると稜線に乗ります。すると珍しく白ばかりのアセビ以外にアケボノアセビが出迎えてくれたのです。
 この曙馬酔木は植栽されたものを公園や庭木では見られますが、山中に自生で見られるのは比較的まれで、やはり真っ白よりこちらの方が華やかで、ついつい撮りたくなってしまいます。

アケボノアセビ(ツツジ科)
 

 さぁ、いよいよアドベンチャーです。米買道と合する四差路を右折し、2~30m落合方向へ行って上の踏み後を探して拾います。最近檜の植林帯に伐採の手が入ったようで、気持ちだけ明るくなっています。

 すぐに右手には北松尾山が頭を見せ、その右に唐櫃越の沓掛山やJRの工事で使われたという道路も見えています。さらに奥にはパラボラの多く立つ小塩山も樹林越しに見えるではないですか。。
 しかし道は大きな松などの倒木多く、跨いだり飛び越えたり、潜ったりのまさに障害物レースです。また、こんな見るからに古い看板もまだ下がっています。そしてときにはしっかりした踏み後の残る道も出てきたりして、古の多くの人達の生活の匂いも感ぜられます。

 荒神峠から15分で落合から上がってくる支尾根あたりは道はしっかりしていますが、その後の明神谷へ向かう間は急に細くなって、右に滑落するのではというような箇所が続きます。そして沢音が聞こえてくると明神谷出合は近くなってきます。

 この谷で1本です。ここは水音の中に涼しげな雰囲気があって、おそらく大昔はこの一帯にも茶店もあったのではないのだろうかと、心洗われる気持ちがなんともいえません。。

落合からの尾根合流点 明神谷出合

 そしてまた15分ほども歩くと谷を越えると倒木が散乱しています。ここも右から小さな支尾根が上がってきており、よく見ると白いテープが右下に下がっています。
 左への上り道はわりに踏み後が見えます。しかしこれまでと同じ要領で東へ巻くように進みだしますが、どうも道らしきものはありません。おかしい?
 この倒木だらけの箇所へ一旦引き返して確認です。そしてやむなく左への上りを上がってみますと正解でした。すぐに錆びた鉄の渡しを歩きます。鉄橋を過ぎると、その後は次第に道は遊歩道のように広い道筋となりだして過去の記憶を思い出し、やれやれでした。

この箇所が倒木酷く道不鮮明 これより道ははっきりしだす

 広い道には石崖が詰まれて、今ではその中に植林の杉も大きく育っています。今日はこの後愛宕山へ登る予定です。そのために石の詰まれた道沿いを右下へ降りるのではありません。これを下ると表参道2合目へ降りてしまいます。

 今日はこの石崖の植林地を左へ細い踏み後を進みます。すると青く苔むしたロープをくぐると、すぐに表参道を登ってくる人たちの声が聞こえ、右京消防署11/40看板へ飛び出ます。

ここは右下×石崖沿いに左上 消防署11/40看板、右表参道

 荒神峠よりこの右↑画像の看板地へ50分でした。う〜ん、なかなかアドベンチャ〜なおもしろい道でしたね。いずれ今度は反対側からも歩いてみましょう・・・。あ、前にも反対側から歩いたことあったなぁ・・・といかに我が記憶の曖昧かが・・。笑

 さぁ、この後はケーブル道跡を歩きます。まずはこの看板地から、昔この地に「なかや」という茶店兼宿屋があったという三合目休憩舎を右に見て表参道を上がります。

 そして三十丁目の休憩所であった五合目休息所まで下の看板地から15分ほどで上がります。ここにはウラジロガシ(ブナ科)の大きな古木が小屋の右に立って歴史を伺わせてくれます。
 画像(↓右)でも見えますが、裏側に広い道が見えます。この地まで毎年7/31に行われる愛宕山千日詣りにはジープが大杉谷を上がってきてビールやスイカなどの販売品が運ばれます。

三合目休憩舎 五合目休息所

 さて、戦前に15年間しか営業できなかった愛宕ケーブル道跡を行きましょう。五合目休憩所裏から車道?を少し下り、右左にある左の踏み後へ入ります。
 するとすぐに崩落で詰まってしまっている瀟洒なトンネルが出てきます。昔の職人さんたちは、昨今と違い見栄えも確かな配慮が行き届いていたのでしょう。

下から5番目、崩落トンネル 軌道跡横はプラットだったか

 この愛宕ケーブルは昭和4年から19年まで営業されていたのですが、設備の別れは戦争の余波により、不要不急の施設とのことで、鉄類等の必要性からの廃止と聞きます。
 戦争を知らない私たちにとって誠に残念な京都の財産でした。残っていれば今頃の愛宕山は、どのような変貌の姿となっていたのでしょうか。想像するだけでもいろいろな風刺が廻ってきますが・・・。

 さらに5分ほど上がると今度はきれいに見通しのきく、下から6個目の最後のトンネルが見られました。この上側からは谷の上をしっかりとした橋脚で支えられた軌道跡が真下に空間を見せています。

下から見上げて撮る 谷上の軌道跡、下は深い谷

 多分設置当時は下から上まで右側の東面は樹木もなく、見晴らし抜群のケーブルが走っていたのではないでしょうか?
 そして最近では植林が成長してほとんど東側も見えませんが、このあたりからは東山に比良連峰の大展望が広がっていました。
 おそらく当時のお客さんたちは「あっ、都富士の比叡山が見えるぞ!」と口々に絶叫じみた感激の声が出ていたことでしょう。

右に比叡山、中央に蓬莱山、左奥に武奈ケ岳も肉眼では見え、一番左は桟敷ケ岳でしょう。

 何度か歩いていますが、これだけの展望をほしいままにしたのは初めてではなかったでしょうか?。そしてすぐに一番上の駅舎でした。五合目休息所から半時間で上がってきたようです。

 ここは荒れ放題で廃墟と化し、まさに幽霊屋敷のような見るも無残な状態となっています。しかしよくよく見れば当時としては立派な駅舎であったことは間違いないでしょう。

 一帯にはホテルや遊具の揃った遊園地などの観光施設があり、冬場は上部にスキー場もあって、愛宕山一帯では一年を通して観光地として賑わっていたようです。
 このように多様なる諸施設で、多くの市民は戦時中のこの時代を家族連れでしばし憩いの場としてたことでしょう。

下側からのケーブル跡地 駅舎玄関前多くが行きかったか

 ピーク745m地にも建物土台の残骸が今も残り、すぐ下には広い遊歩道が現在も健在ですが、ここを抜けて表参道7合目上に飛び出します。
 これより半時間で愛宕神社到着でした。温度計は3度ですからやっぱり火が恋しい、お参りを済ますとすぐにストーブ小屋へ入らせていただきます。
 相変わらず後期高齢者(自分でのたまっている)達がたむろして高笑いがうるさいほど、皆さんお元気な方ばかりです。そんな中で昼食(11:20~50)も済ませます。

 こちらは年寄りの井戸端会議に付き合うほど暇はありません。さぁ、奥へ進もう!、ジープ道を足早に龍ケ岳への取りつきにあるオオウラジロノキにご挨拶です。
 そしてすぐ先の展望地から龍と地蔵を眺めます。その先すぐのコルより北へ向けて滝谷へ下りましょう。最初は水はないものの次第に細い流れが顔を見せ、太くなる流れに気をつけながらどんどん下って、ちょっとした滑滝手前の急登をフゥフゥざれ道を登りあげます。
 なんとか上がって雑木林の頂点で一休みします。真東へちょいと下ると龍の広場ですが、このだだ広い場所で休んだことはなく、北へ本線で龍ケ岳を踏みます。
 3分休んで後は、シャクナゲを今年は見たいと思いながら、いつもの東尾根を15分で降りてしまいます。登りは半時間ですが、下りは走るわけはないのに半分でいかに急坂であるかが分かります。

オオウラジロノキ(バラ科) 展望地の左地蔵、右奥に龍
滝谷上部東尾根北ピーク1本 龍ケ岳(921m)

 龍登口に降りると足は龍ノ小屋方向に向かおうとしますが、今日は反対の南へ上って谷を詰めます。半分弱上がると谷の二股ですが、右の谷を詰めて最後の水場で喉を潤し、愛宕三角点には芦見谷を35分で到着でした。4人Gがいましたので、休まず挨拶だけで崖方向に下ります。
 ヘリ地への広くなった地道で、この後は神護寺へ下り、清滝までこれまで歩いてきたのとほぼ同じくらい距離があるために、ここで2本の足さんへまだそこそこあるから頑張ってネ!と、気合だ!・気合だ!・気合だ!!と気分を引き締めます。

龍登口 水場 愛宕三角点

 この下からの首無道へは可能なかぎり山肌をショウトカッしながらの下りとしましたが、急がば回れと何度も聞いている言葉どおりでフゥの歩きとなってしまいました。それでもなんとか林道工事で明るくなった首無地蔵さん(13:55)です。
 ここでも頭をたれていよいよ舗装路歩き、ちょうど半時間で山道に入れました。それから13分ほどで3等三角点地の高雄山へ挨拶してきました。
 この神護寺へのルートはほんとに久しぶりでしたが、多くの方が通過しているようで、ほぼ荒れはなくあっという間にシーズンオフで閑散としている神護寺に降り立ちました。

首無地蔵 舗装路終点地 高雄山428.6m

 いよいよ最後の東海自然歩道の金雲渓歩きですが、平日の3時台です。午前中は晴れていましたが、予報どおりどんより曇って寒さが堪えます。そんな日に金雲渓歩きをする物好きは私ひとりでしょう。
 それでも青々と澄切った清滝川の流れを道連れに神護寺下より45分で清滝バス停へゴールでした。

神護寺本堂 神護寺寺下 清滝金鈴橋

 今日は8時頃歩き始めて、清滝バス停へ16時前到着ですから8時間の歩きですが、途中では平坦地は駆け足とはいかないまでも早足で歩きましたが、思わぬ時間がかかってしまいました。
 しかし、本日のアレンジコースは思いのほかアドベンチャーワールドな一日を過ごすことができ、大満足な気分となりました。

 でも足については、この調子だと6月予定の愛宕6山縦走が危ぶまれますが、さてどうなることでしょうか??

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